死刑制度のあるなし、・・・・その由来は・・・・・

4月も残り3日間。

 

そして明日は昭和の日、祝日です。

 

いよいよゴールデンウィーク突入です。

 

というか、私の中では昨日から突入しているわけですが・・・・

 

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明日は祝日なので、どこかに出かけたいところ。

 

大三島の藤公園も見頃だということだし、一方で、大洲市の冨士山のツツジはどうだろうか?

 

今日も書くことを思いつかないまま午後になってしまいました。

 

うんうんと頭をひねると・・・・

 

そういえば、昨日出入りの業者さんと話をしていると・・・・

 

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なんでヨーロッパ各国には死刑制度が無くて、アメリカの一部の州やヨーロッパ以外の日本を含めた各国には死刑制度があるのかについての話になりました。

 

その出入りの業者さんは法学部出身なので、法律制度の成り立ちなどに詳しいのです。

 

ただ、死刑制度がなぜあるのか、なぜないのかについては学生時代にはあまり詳しく勉強してなくて、最近、ふと分かったような気がするということなので、その話をしてくれました。

 

死刑制度がある国は、カトリックのキリスト教を信じる国民が多い国であるとのこと。

 

本来、人が人を裁く現世での裁判以外に、死んだ後に神による審判があるという考えから来ているそうです。

 

「死後に、万能の神による審判が下るのであるから、実際に犯罪の瞬間を見ているわけでもない人が裁く現世での裁判には、死刑までは必要ないだろうという考えなんだろうな」と言ってました。

 

確かに、検察官も裁判官も犯罪の瞬間を見ているわけではないので、犯罪を裏付ける証拠を見て、有罪無罪を判断しているにすぎません。

 

でも、万能の神は犯罪の瞬間を見ているので、最終的には神の審判にゆだねようという考えから来ているということのようです。

 

なるほどなるほど・・・・・・

 

なんか、「法律の成り立ちについて勉強するのも面白いものだろうな」と思ったひと時でした。